当院では漢方治療に精通した医師が、患者さまの症状に合わせた的確な治療を行っています。
徳川家康長寿の秘訣、現代に受け継がれる漢方の魅力
漢方医学の魅力に気がついた理由
内科医の父が、風邪の症状に合わせて西洋医学の薬と共に、いろいろな漢方薬を使い分けていた。大学でも研修医になってからも漢方医学を教わる機会はなかった。
データに異常がないのに症状が続く患者さんがおられる。
他の病院で気のせい、年のせいと言われたという話もよく聞く。
辛くて受診までしているのに、気のせいのはずがない。症状をなんとか緩和できないものか・・・。
自分自身も慢性的な疲れ、強い肩こり、便秘、月経痛などに悩んでいた。
漢方医学に詳しい友人の医師が処方してくれた、たった一つの漢方薬で、すべての症状がすごく改善した。
これが漢方医学に興味をもった理由です。
漢方医学は中国の医学ですか?
いいえ、日本の医学です。
遣隋使、遣唐使以来、日本にもたらされた古代中国の医学が日本で独自に発展を遂げた医学です。 漢方薬だけでなく、鍼灸、薬膳も含まれます。
漢方薬の効果が出るまでの期間は?
症状と薬の種類にもよるが、体に合った処方ならすぐ効果を感じることもある。
咳、鼻炎、風邪のひき始めは15分くらいで効く。
2週間飲んでも何も効果がないときは効いていないかも。
漢方の歴史~中国から日本へ~
~中国編~
紀元前210年頃、秦の始皇帝は不老不死の薬の製造を命じた水銀の含まれる丸薬を開発したが、始皇帝は水銀中毒で亡くなった…
| 紀元前200年 |
黄帝内経(こうていだいけい): 黄帝内経(こうていだいけい):中国最古の医学書 神農本草系(しんのうほんぞうけい): 中国最古の薬学書 365種の生薬 |
|---|---|
| 3世紀 | 傷寒論(しょうかんろん): 葛根湯、芍薬甘草湯、小青竜湯など 金匱要略(きんきようりゃく): 八味地黄丸、大建中湯など |
| 宋代(960~1279) | : 和剤局方(わざいきょくほう)編纂 297処方を収めた医薬品の処方集 |
~日本編~
飛鳥時代(560年頃)中国から多数の医学書が渡来
| 平安時代(980年頃) | 医心方: 日本で初めての医学書・薬学書ができる 和剤局方(和剤局方)が伝来 |
|---|---|
| 室町時代(1498年) | 田代三喜(たしろ さんき)が明から医学を学んで帰る 弟子の曲直瀬道三(まなせ どうざん)が日本全国に伝える |
| 江戸時代 | 日本の気候や体質に合わせた日本独自の漢方医学が発達 鎖国中、西洋医学はオランダからのみ 西洋医学:蘭学、古代中国の医学:漢方と呼ばれる |
江戸時代は売薬業が盛んで、お土産に各地の生薬が人気、医者と言えば漢方医だった。
徳川家康公は、漢方医学について医師よりも知識があった。健康オタクとしても有名だった。
徳川家康公は何歳まで生きたか
1616年4月17日75歳で逝去(この頃の平均寿命はせいぜい50歳)
しかも徳川家康は2人の妻、15人の側室がいて、16人の子だくさん!
家康公がなぜ長生きしなければならなかったのか
家康52歳の時、豊臣秀吉に秀頼が誕生。
秀吉の後、徳川家が天下統一するためにはもっと長生きしなければならなかった!
1600年天下分け目の戦いで勝利。
1605年64歳で秀忠に将軍職を譲り、1607年~大御所として駿府に居住。
実際には隠居ではなく、江戸と二元政治を行い、徳川家の天下統一を確立させた。
健康オタク家康公長寿の秘訣
◆秘訣その1 運動
- 早朝から鷹狩りで野を駆け巡るのが日課。民情視察や土地の把握の目的もあった。
- 馬術、剣術、水練、鉄砲などの武芸の鉄人。70歳でも200m先の的に命中させた。
◆秘訣その2 食事
- 麦飯、焼味噌の粗食を心がけた。
- 麻機に茶屋を設け、鷹狩の休憩中に麻機蓮根と山芋を1:1ですり潰したとろろ麦飯を食べていた。
◆秘訣その3 漢方薬
- 薬学、医学について本職の医師顔負けの博学。
- 和剤局方は暗記するほど熟読し、自分で薬を調合。
- 少なくとも17種類以上の漢方薬を体調に合わせ服用。
- 生薬をすりつぶす薬研(やげん)や乳鉢、乳棒を身近に置いていた。
- 漢方医学は当時最新の医療だった。
家康公 すごすぎる漢方エピソード
- 3代将軍家光が3歳の時、紫雪(しせつ)といわれる薬を作り、1日で治した。
- 出陣時は自家製の薬を笠の裏に隠して持ち運んだ。御笠間薬(おんかさまやく)と言われ、熱中症予防の薬。史上初めての陣中薬といわれる。
- 長谷町と久能山下の2ヶ所に駿府御薬庭を作り生薬を栽培。
家康公が日頃服用していた漢方薬
無比山薬円(むひさんやくえん) 通称 八之字
和剤局方に載っている。薬箪笥の8番目に納めていたので八之字ともいう。
◆無比山薬円 和剤局方 条文◆
大人の男子の虚弱による諸々の病気、内臓の労損、精力源による頭痛、めまい、手足の冷え、関節痛、腰痛、食が少ないのに腹が張る、皮膚の色艶が悪く、気力が落ち、血行が悪いのを治す。この薬は、脈を強くし、気力、血色を改善させ、精神を安定し、筋肉、骨、胃腸を強くし、身体を軽くし、視力回復し、治らないところはない。
これを服用して7日後、身体が軽くなり、手足と身体が潤い、顔に光沢が出て、消化が良くなり、身体が安定し、声がよく出るようになる。
10日後、肌肉に張りが出る。
効能
頭痛、目まい、手足の冷え、足腰の衰え、
老人のかすみ目、全身衰弱、胃腸虚弱、精神不安
なんと東草深のムツゴロウ薬局 薬剤師 鈴木寛彦先生が10年前に忠実に再現された!
残念ながら薬事法上、再現できても処方はできない。
現在処方できる漢方薬で効能が似ているのが、八味地黄丸、八味丸
アンチエイジングの薬として有名
こんな症状はありませんか?
- 疲れやすく、根気が続かない
- 白髪、脱毛が増えた
- 足腰がだるい
- 耳の聞こえが悪い
- 小さな文字が見えにくい
- 皮膚が乾燥する
- つまずきやすい
- 夜何度もトイレにおきる
- トイレが近い
- 手足が冷えやすい
- ほてりやすい
- 足がしびれる
これらが「腎虚の症状」
腎虚とは
漢方医学で腎とは、副腎、腎、膀胱、生殖器の機能の総称。
生命力、若さの元。
「腎虚」で様々な衰えの症状が現れる。
加齢は止められないが、「腎」の不足を補う事で、加齢による様々な症状が緩和、改善される。
不老不死は無理だけど、延年益寿を目指そう。
明治時代以降の漢方の歴史
明治維新後、西洋崇拝の風潮
明治維新後、西洋崇拝の風潮 明治政府はドイツ医学を規範とすることを決定
| 明治7年 ↓ |
西洋医学の国家試験を受けた者にしか医師免許を与えない法律制定 約100年…漢方医学は医学教育と診療から除外 |
|---|---|
| 昭和51年 | ようやく漢方製剤の一部が健康保険の適応に |
| 平成5年 | 富山医科薬科大学(現富山大学)医学部に和漢診療学講座が設立 西洋科学的な目を持ちつつ、漢方医学を活かそう |
| 平成13年 | 多くの医学部教育カリキュラムに和漢医学が導入 |
西洋医学は・・・
心と体は別。
病態を各臓器→細胞→遺伝子ごと 細かく検査で分析し、原因物質を究明。正確な診断のため多種多様な検査をする。
例:病気の原因が細菌やウイルスなら抹殺する。
発熱したら解熱鎮痛剤、咳が出たら咳止め。
不眠、不眠に眠剤、精神安定剤。
人類の寿命や健康のため大きな貢献となる学問
ただし、検査で異常値が出ないと、気のせい、年のせいになりがち。
漢方医学は・・・
- 心と身体は一体のもの。
- 体に足りないものを補充したり、余分なものを減らして、全身のバランスをとる。
- 各個人の持ち合わせている自然治癒力を高めて対応する。
例:寒気のある風邪→むしろ体温を上げ、免疫力を上げ、自分の汗で解熱させる。
不眠や便秘も、心や体内のアンバランスに原因がないか考え、足りないものを補い余分なものを取り除き調整して改善していく。
西洋学は同じ症状・病気であれば同じ薬が処方されますが、漢方薬は個人の症状や体質、原因などを知り、一人一人に合った処方をします。
想像してみてください。まだ人体の構造もわからず、血液検査も医療機器もないのに、問診や触診だけで、現代に負けない診断、治療をしていたんですよ…
漢方医学では五感を使って患者さんのことをよく観察します
- ①望診:患者さんの歩き方、表情、顔色、体つき、歩き方
- ②聞診:声色、声の勢い、呼吸音、咳の様子、体臭
- ③問診:全身の症状を聞く。冷え、排便や排尿、メンタル
- ④切診:お腹の触診、舌、脈、手足の冷えやむくみ
いろいろなポイントからどの漢方薬を処方するか決めます
●その人の今の体力はどうか
●病気の段階はどこか
例 ・風邪のひき始めか
・風邪が長引いて出てきた症状か
●気・血・水とよばれる生命活動を支える要素のバランスはどうか。
気:生体エネルギー、精神や自律神経
血:血液や組織の栄養成分
水:水分や組織の潤滑成分
さいごに・・・
漢方医学、西洋医学も人間の知恵と経験が作り上げた優れた医学です。
西洋医学と漢方医学をうまく組み合わせて治療に役立てていきましょう。
ただし、西洋医学で癌や他の病気が隠れていないか、検査を受けて調べておくことは大切です。

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